15.障害は個性なのか、それとも違うのか
「障害は個性だよ」
そう言われたとき、少し救われた気持ちになることがある。
人と違うことは、悪いことじゃない。
その人らしさの一つなんだ。
そう受け取ることができれば、前を向けることもある。
でも同時に、どこか引っかかることもある。
——本当に、個性なのだろうか。
個性という言葉には、どこかポジティブな響きがある。
「その人らしさ」
「魅力」
「強み」
そんなイメージと結びついていることが多い。
一方で、障害には、不便さや困難さが伴うことも多い。
できないことがある。
助けが必要な場面がある。
それをすべて「個性」という言葉で包んでしまっていいのか。
そんな疑問が生まれる。
Flowerの中でも、このテーマは何度も話題に上がった。
「個性だと思う」という人もいれば、
「個性と言われると違和感がある」という人もいた。
たとえば、体育の授業で人一倍がんばっている姿を見て、「無理しているのでは」と心配されることがある。
でも本人にとっては、「やりたいからやっている」だけかもしれない。
その姿を「個性」と呼ぶのか、それとも別のものとして捉えるのか。
簡単には分けられない。
また、こんな意見もあった。
「個性と障害の違いがはっきりすれば、もっと理解しやすくなるのではないか」
たしかに、線引きができればわかりやすい。
でも実際には、その境界はとても曖昧だ。
どこからが個性で、どこからが障害なのか。
はっきりと区切ることは難しい。
もしかしたら、その曖昧さこそが、大切なのかもしれない。
すべてを言葉で整理しようとすると、かえって見えなくなるものがある。
「個性」と言うことで、救われる人もいる。
でも、「個性」と言われることで、現実の困難が軽く扱われているように感じる人もいる。
どちらも、間違いではない。
だからこそ、「こう考えるべき」と決めつけることはできない。
大切なのは、その人がどう感じているか。
その言葉を受け取って、楽になるのか。
それとも、苦しくなるのか。
そこに目を向けることなのかもしれない。
障害は個性なのか、それとも違うのか。
その問いに、ひとつの答えはない。
でも、その問いを持ち続けることで、
人の違いを、もっと丁寧に見ようとする視点が生まれる。
そして気づく。
違いをどう呼ぶかよりも、
その違いとどう向き合うかのほうが、ずっと大切なのだと。
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