6.行きたいのに行けない——親の不安という壁

「行きたい」

その一言が、すぐに「いいよ」につながらないことがある。

外に出たい。

友達と遊びに行きたい。

新しい場所に行ってみたい。

そんな気持ちがあっても、現実にはもう一つの声が重なる。

「大丈夫なの?」

「何かあったらどうするの?」

それは、親の不安だ。

子どもが困らないように。

危ない目に遭わないように。

つらい思いをしないように。

守りたいという気持ちは、とても自然で、まっすぐなものだと思う。

でも、その優しさが、ときに「行けない理由」になることもある。

Flowerの中でも、こんな声があった。

「自分は行きたいのに、親が人の目を気にして外に出るのを嫌がる」

周りにどう見られるか。

迷惑をかけないか。

変なことを言われないか。

本人だけでなく、家族もまた、社会の中で不安を抱えている。

だから、「やめておこう」という選択になる。

その選択を、誰かが簡単に否定することはできない。

実際に、外に出れば何かが起きるかもしれない。

嫌な思いをすることだって、ゼロではない。

それでも、心のどこかで思う。

——このままでいいのだろうか。

外に出る経験が少ないまま、大人になっていく。

できるはずのことも、「やったことがないからできないまま」になる。

そしていつの間にか、「できない理由」が増えていく。

本当は、「できない」のではなく、

「やる機会がなかった」だけかもしれないのに。

親の不安と、本人の「やってみたい」という気持ち。

その間で揺れる時間は、決して少なくない。

どちらが正しい、という話ではない。

どちらにも理由があって、どちらにも想いがある。

だからこそ難しい。

でも、Flowerで出たある言葉が印象に残っている。

「まずは、親と本人の“出かけよう”という気持ちが大事」

環境が整ってから、ではなく。

不安がなくなってから、でもなく。

まずは、「行ってみたい」と思うこと。

そして、「行かせてみよう」と思うこと。

その小さな気持ちが、最初の一歩になる。

いきなり大きな挑戦でなくてもいい。

近くの場所に行ってみる。

誰かと一緒に出かけてみる。

少しずつ、経験を重ねていく。

その積み重ねが、「大丈夫かもしれない」に変わっていく。

不安が消えることは、きっとない。

でも、不安があるままでも、一歩を踏み出すことはできる。

その一歩を、どうつくっていくのか。

それは、本人だけの問題でも、親だけの問題でもなく、

社会全体で考えていくことなのかもしれない。

脳性麻痺ライター・著者 東谷瞳  |障害と生きる日々

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