4.「違い」は距離ではなく、出会いのきっかけになる

「あの人、なんとなく話しかけづらい」

そう感じたことはないだろうか。

見た目や雰囲気、話し方や動き方。

自分と“何かが違う”と感じたとき、人は無意識に距離を取ってしまう。

それはきっと、特別なことではない。

むしろ、とても自然な反応なのだと思う。

でも、その“違い”は、本当に距離を生むものなのだろうか。

あるとき、Flowerの中でこんな話が出た。

「話したことがないのに、勝手なイメージを持ってしまっていないか?」

その言葉に、少しドキッとした。

知らないから、不安になる。

不安だから、距離を取る。

距離を取るから、ますます知らないままになる。

そんな循環の中で、“違い”はどんどん大きくなっていく。

でも、実際に関わってみると、その印象は簡単に崩れることがある。

話してみたら、思っていたよりもずっと普通だった。

一緒に笑っているうちに、違いなんて気にならなくなった。

むしろ、その人だからこそ見える景色や考え方に、ハッとさせられることもある。

違いは、壁ではなかった。

むしろ、新しい視点に出会う“入り口”だった。

Flowerの中では、「違いがあって良かった」という言葉が自然に出てくる。

もしみんなが同じ考えだったら、答えは一つしかなくなる。

でも、違うからこそ、いろんな見方が生まれる。

その積み重ねが、関係を深くしていく。

ただ、そう簡単に割り切れない現実もある。

実際に、「障害があるから嫌だ」と言われてしまうこともある。

見た目や動きだけで判断されてしまうこともある。

そういう言葉に触れると、やっぱり苦しくなる。

どれだけ「違いは大切だ」と頭でわかっていても、

受け入れられない現実に直面すると、心は揺れる。

だから、「違いはいいものだ」と簡単に言い切ることはできない。

でも、それでも思う。

違いがあるからこそ、出会える人がいる。

同じでは出会えなかった関係。

同じでは気づけなかった視点。

同じでは生まれなかったつながり。

もし、あのとき少しだけ勇気を出して話しかけていなかったら、

今の関係はきっとなかった。

違いは、たしかに最初の一歩を重くする。

でも、その一歩の先にしか見えない景色がある。

距離をつくる理由にするのか。

出会いのきっかけにするのか。

その選び方は、私たち一人ひとりに委ねられているのかもしれない。

脳性麻痺ライター・著者 東谷瞳  |障害と生きる日々

障害のある私だからこそ伝えられる…そんな想いを発信するホームページです。

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