雑記022 感謝も悔しさも、ちゃんと感じていたい

娘の小学校最後の運動会が終わりました。

お弁当を作ってくれたばぁば、親子競技のリレーに出てくれた弟、たくさん写真を撮ってくれた妹に感謝です。

直前にばぁばが体調を崩し、「お弁当どうしよう…」と焦ったり、親子リレーでは「足の速い人を連れてきてください」と言われて焦ったり。

でも、家族LINEに次々と送られてくる写真を見ながら、私だけだったら一枚も撮れなかったんだなと思うと、なんだか感無量でした。

「自分一人だったら、できないことだらけだな」

そんな当たり前のことを、久しぶりに実感した一日でした。

家族の手助けがあまりにも自然なので、つい鈍感になってしまいます。でも、そのありがたさを感じる力は、決して失いたくないなと思います。

最近、自分の感覚が少し鈍っているなと感じることがあります。

先日、普通学校に頑張って通っている中学生の話を聞きました。

体育の授業で、自分なりに工夫して取り組んだことが周りと違うという理由で非難されたり、リレーで少し配慮を受けたら文句を言われたりしたそうです。

その話を聞いたとき、自分も経験してきたはずの、どうにもならない悶々とした気持ちがよみがえりました。

けれど、その感情はもう、言葉にできるほど鮮やかではありません。あの頃の苦しさや泥臭さは、少しずつ薄れてしまっているのです。

それは、子どもから大人になったことでもあり、さまざまな経験を重ねる中で、良い意味で浄化されてきた証なのかもしれません。

でも同時に、せっかくの経験を十分に生かし切れていないような、もどかしさも感じます。

過去のしんどかった経験も、今回の運動会のように多くの人に支えられる喜びも。

どちらもきちんと感じ取れる、そんな心の敏感さを持ち続けられる自分でありたいなと思います。

脳性麻痺ライター・著者 東谷瞳  |障害と生きる日々

障害のある私だからこそ伝えられる…そんな想いを発信するホームページです。

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