10.手助けは“正解”がない

困っている人がいたら、手を差し伸べる。

それは、とても大切なことだと思う。

でも実際にその場に立つと、思った以上に難しい。

声をかけるべきか、見守るべきか。

手を出すべきか、待つべきか。

その判断に、迷う。

「これでよかったのかな」

「やりすぎじゃなかったかな」

あとから振り返って、考えてしまうこともある。

もし“正解”があれば、どれだけ楽だろう。

こういうときはこうする、という決まりがあれば、迷わずに済む。

でも、Flowerで何度も話し合ってきた中で見えてきたのは、

その“正解”が存在しないという現実だった。

ある人にとっては、声をかけてもらえることが安心につながる。

でも、別の人にとっては、そっとしておいてほしい場面もある。

同じ人でも、その日の体調や気持ちによって、求めていることは変わる。

だから、「これが正しい」というやり方は決められない。

むしろ、“正解を求めすぎること”が、動けなくなる理由になることもある。

間違えたくない。

失礼なことをしたくない。

そう思えば思うほど、体は止まってしまう。

でも、本当に大切なのは、“正しい行動”なのだろうか。

Flowerの中で出た言葉に、こんなものがある。

「大事なのは、相手に合わせようとすること」

完璧に合うことはできなくてもいい。

すべてを理解できなくてもいい。

その場で相手の様子を見て、考えて、少しずつ近づこうとする。

その姿勢こそが、手助けの本質なのかもしれない。

だから、うまくいかないことがあってもいい。

声をかけて断られることもある。

逆に、気づけなかったこともある。

でも、その一つひとつが経験になっていく。

次に同じような場面に出会ったとき、

ほんの少しだけ動きやすくなる。

手助けは、一度で完璧にできるものではない。

むしろ、関わる中で、少しずつ学んでいくものだ。

だからこそ、「正解がない」ということは、不安であると同時に、可能性でもある。

自分なりの関わり方を見つけていけるということ。

相手との関係の中で、形をつくっていけるということ。

もし、目の前で迷ったとき。

正解を探すよりも、まずは立ち止まって考えてみる。

そして、できる範囲で一歩だけ動いてみる。

その積み重ねが、誰かとの距離を少しずつ変えていくのかもしれない。

脳性麻痺ライター・著者 東谷瞳  |障害と生きる日々

障害のある私だからこそ伝えられる…そんな想いを発信するホームページです。

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