9.「手伝いましょうか」が言えない理由
困っていそうな人を見かけたとき、
「何か手伝いましょうか」と声をかけられたらいい。
そう思っていても、実際にはできなかった。
そんな経験はないだろうか。
声をかけたほうがいい気がする。
でも、迷う。
本当に困っているのだろうか。
余計なお世話にならないだろうか。
失礼にあたらないだろうか。
一歩踏み出す前に、いくつもの考えが頭をよぎる。
そして結局、何もできずにその場を通り過ぎてしまう。
あとになって、「声をかければよかった」と思う。
この迷いは、決して特別なものではない。
むしろ、とても自然な感情だと思う。
Flowerの中でも、「声をかけるのはとても勇気がいる」という意見が何度も出た。
相手のことを考えるからこそ、簡単には動けない。
でも、その一方で、こんな声もある。
「声をかけてもらえると、やっぱりうれしい」
必要なときに手を差し伸べてもらえること。
それは、安心感につながる。
ただし、ここにももう一つの難しさがある。
「全部を手伝ってほしいわけではない」という感覚だ。
できることは、自分でやりたい。
でも、本当に必要なときには助けてほしい。
その“ちょうどいい距離”は、人によっても、そのときの状況によっても違う。
だから、正解がない。
声をかけるべきか、見守るべきか。
手を出すべきか、待つべきか。
その判断は、いつも揺れる。
あるメンバーがこんな話をしていた。
「できることまで手伝われると、逆にできなくなってしまうこともある」
良かれと思ってしたことが、相手の力を奪ってしまうこともある。
そう考えると、ますます難しくなる。
それでも、何もしないままでいいのだろうか。
Flowerで出た一つの答えは、とてもシンプルだった。
「助ける、助けないにこだわらず、人として必要なときに自然と手を出せたらいい」
完璧な判断をしようとしなくていい。
間違えないようにと構えすぎなくていい。
まずは、「気にかけている」という気持ちを持つこと。
そして、ほんの少し勇気を出してみること。
もし違ったら、「ごめんなさい」と言えばいい。
必要なければ、「大丈夫です」と返ってくる。
そのやりとりの中で、少しずつ距離は縮まっていく。
もしかしたら、「手伝いましょうか」と言えない理由は、
やさしさが足りないからではない。
やさしさがあるからこそ、迷ってしまうのかもしれない。
だからこそ、その迷いごと否定しなくていい。
大事なのは、迷いながらでも、相手に向き合おうとすること。
その一歩が、誰かとの関係を変えていくのかもしれない。
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