雑記016 初心に立ち返る、書斎の午後

少し時間に余裕ができたので、書斎の片付けをしていました。

どこから手をつけていいかわからないほど、書類がずらりと並んでいます。まずは、講演関係の資料から整理することにしました。

ありがたいことに、生徒たちの感想プリントがぎっしり残っていました。記録をたどってみると、どうやら初めての講演は平成18年頃だったようです。当時は、ギタマンのギターパートを担当していた友人に協力してもらい、数曲を披露していました。

今振り返ると、下手くそながらも人前で曲を演奏できるほど、自分の手が動いていたことに、改めて驚かされます。

また、当時の講演資料を見返して、もう一つ大切なことを思い出しました。それは、あの頃の私は、一貫した言葉を繰り返し伝えていたということです。

・大好きな自分になること

・障害を宝にして生きていきたいという思い

・できないことを受け止める勇気

・障害を「かわいそう」と思わないでほしいこと

・ぶつかることを恐れずに挑戦すること

・一日一日を大切にすること

・出会いやつながりを宝物にすること

年を重ね、さまざまな経験を積めたことは良いことだと思います。ただその一方で、思いが複雑になり、それを無理に伝えようとしてしまうところが出てきたのではないか、と感じました。

今一度、初心に返り、伝えたいことを整理することの大切さに気づかされた時間でもありました。

講演資料をまとめていると、その中に一冊、参列させていただいた知人の結婚式の式次第や手紙類が出てきました。気分転換も兼ねて、そちらの整理を始めました。

多くはAn-Pon-Tanの先輩方のものでしたが、私のような若輩者で、なおかつ障害のある者を招待してくださったことに、改めて感謝の気持ちが湧いてきました。

振り返れば、障害があることを理由に、結婚式に招待されなかった経験もいくつかあります。ご親族や他の参列者を含め、障害のある人への理解が十分かというと、それはなかなか難しいのだということを、結婚ラッシュだった若い頃に学ばせてもらいました。

旧友の輪に入れなかった寂しさがなかったと言えば、嘘になります。しかしその一方で、周囲の理解が十分でない中でも、戸惑いを越えて私と付き合い続けてくれた友人の存在に、感謝の念がより深まった時期でもあったことを思い出しました。

「障害者との関わり方が分からなかった」

講演を聞いてくれた子どもたちの、こうした素直な感想こそが、多くの人の率直な思いなのだと思います。そして、それを悪いことだとは、私は思いません。

むしろ、そうした人たちが少しずつ理解を深めていく過程に触れられることに、私は生きがいを感じているのだと、改めて気づきました。

脳性麻痺ライター・著者 東谷瞳  |障害と生きる日々

障害のある私だからこそ伝えられる…そんな想いを発信するホームページです。

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