「言語障害と向き合う最初の壁|『話したいのに伝わらない』苦しさと小さな一歩」

誰かと話しているのに、うまく言葉が出てこない。伝えたい気持ちはあるのに、相手の反応が怖くて黙ってしまう——。そんな「伝えられない苦しさ」を抱える人は少なくありません。言語障害を持つ人にとって、それは“最初の壁”として立ちはだかる大きな試練です。


けれど、その壁の向こうには、確かに小さな一歩があります。本記事では、実際の体験をもとに、「思うように話せない」現実と向き合いながら見つけた工夫や気づきを紹介します。


「言語障害」と「壁」〜まずはこの言葉を整理する

「言語障害」と聞くと、「言葉が出にくいこと」だけを思い浮かべる人も多いでしょう。けれど実際には、それ以上に深い意味があり、人によって感じる「壁」も違います。まずは、この言葉の本当の意味と、その背景にある気持ちを整理してみましょう。


言語障害とは何か? 定義とさまざまなかたち

言語障害とは、言葉を話したり、聞いたり、理解したりすることに困難がある状態をいいます。原因は人によってさまざま。脳の発達やけがの影響によるもの、発音器官の動きがうまくいかないものなどがあります。


「言葉が出てこない」「うまく発音できない」「文を組み立てるのが苦手」——。そうした症状の違いによって、「構音障害」「吃音(きつおん)」「失語症」などに分けられます。


見た目では分からないことも多く、まわりから「どうして話さないの?」と誤解されてしまうことも少なくありません。けれど言語障害は、努力や性格の問題ではなく、**脳や身体のしくみの違いによって起こる“特性”**です。だからこそ、「できない」のではなく、「伝え方の形が違うだけ」と考えることが大切です。


なぜ“壁”と感じるのか? 話せる・伝わるギャップ

言葉は、人と人をつなぐ大切な手段です。だからこそ、思うように話せないとき、人は「分かってもらえない」「自分だけ違う」と感じやすくなります。これが、言語障害の人にとっての“壁”です。


たとえば、心の中ではたくさんの言葉が浮かんでいるのに、口から出てこない。やっと出てきた言葉も、相手に「ん? もう一回言って」と聞き返される。その一瞬で、心の中に小さな痛みが走る。

そんな経験を重ねるうちに、「話すのが怖い」「どうせ伝わらない」と感じてしまう人も少なくありません。


この“壁”は目に見えないけれど、心の中で確かに存在しています。しかも一度感じると、次に話す勇気を持つことが難しくなることも。だからこそ、まわりの理解や、ゆっくりと話せる環境づくりがとても大切です。


私自身の体験:小学校時代の「言いたいのに言えない」瞬間

私が初めてこの“壁”を強く感じたのは、小学校のときでした。授業中に発表したい気持ちはあるのに、声が詰まってしまう。言葉がもつれて、友達に笑われたこともあります。「何言ってるのかわからん」と言われたとき、胸がぎゅっと締めつけられるような気がしました。


放課後、鏡の前で何度も発音の練習をしました。けれど次の日、うまく言えなかったらどうしよう——そんな不安が先にきて、手を挙げる勇気が出ませんでした。


それでも、言語訓練の先生だけは、私の話を最後まで聞いてくれました。言葉がつまっても、途中でさえぎらず、うなずきながら待ってくれる。その時間が、どれほど安心できたか分かりません。「話していいんだ」と思えた瞬間でした。


この経験を通して学んだのは、「壁」は自分の中にあるだけでなく、まわりの理解の少なさによっても高くなるということ。だからこそ、伝える側と受け取る側の両方に“歩み寄り”が必要なのです。


小学校時代に感じた“最初の壁”

言語障害を持つ子どもにとって、学校生活は毎日の小さな挑戦の連続です。友達との会話、授業中の発表、休み時間の雑談――どれも「話すこと」が前提の場。ここで初めて、言葉の壁を強く意識する人は少なくありません。私もその一人でした。


いじめやまわりとのズレ(言葉・速度・反応の違い)

「何言ってるか分からん」「もう一回言って」と笑われた瞬間、胸がチクリと痛む。私が初めて“壁”を感じたのは、そんな何気ないやり取りの中でした。


私は話すスピードがゆっくりで、言葉が詰まることも多かった。みんなの会話はテンポが早く、次々と話題が変わっていく。自分の番が回ってくるころには、もう別の話題に移ってしまう。ついていけない焦り。沈黙しか返せない悔しさ。そんな日々の繰り返しでした。


やがて、まわりからは「変わってる」「話すとき変な声」といじられるように。中にはまねをして笑う子もいました。泣きたくても、言い返す言葉が出てこない。そんな自分が情けなくて、どんどん口数が減っていく。


言葉の速度や反応のタイミングが違うだけで、クラスの中での居場所が狭く感じる。言語障害の子にとって、それは“目に見えない壁”のようなもの。どんなに努力しても追いつけないスピードに、心が置き去りになる感覚です。


「受け身な子」「おとなしい子」と見られてしまう心理

そんな日々が続くと、次第に「話さない自分」に慣れてしまいます。話しかけられたら笑顔でうなずくけれど、自分から発言することは減っていく。周りからは「おとなしい子」「控えめな子」と見られるようになりました。


でも本当は、話したいことがたくさんあったんです。心の中ではツッコミを入れたり、感想を言ったりしているのに、口から出す勇気が出ない。タイミングを逃してしまうと、次の瞬間にはもう会話が終わっている。そんな小さな失敗が重なるうちに、「どうせ伝わらない」とあきらめの気持ちが芽生えてしまう。


この“誤解されるつらさ”こそ、言語障害の子どもが抱える見えない痛みです。「話さない」のではなく、「話せない」。その違いを理解してもらえないと、心の距離が広がってしまう。だからこそ、ゆっくりでも安心して話せる相手の存在が大きな支えになります。


週1回の発音練習から得た安心感(言語訓練との出会い)

そんな中、週に一度の「言語訓練」が、私にとっての心の居場所になりました。発音の練習をしたり、先生と一対一で会話をしたりする時間。


そこでは、どんなに言葉が詰まっても、先生は最後まで待ってくれました。うまく言えたときには、笑顔で「今の、すごく伝わったね」と褒めてくれる。

その一言が、どれほど嬉しかったことか。訓練室を出るころには、心が少し軽くなる感覚がありました。失敗してもいい、ゆっくりでもいい――そう思えるだけで、次の一歩が踏み出せる。


学校では小さく見えた自分が、訓練の場では“ちゃんと話せる自分”になれる。その体験が、私にとっての希望の光になりました。


社会(職場・電話応対)で再び立ちはだかった壁

学生時代に少しずつ自信を取り戻しても、社会に出るとまた新しい壁が待っていました。仕事では「正確に伝えること」が求められ、スピードも重視されます。特に電話応対は、言語障害を持つ私にとって試練の場でした。


就職直後の電話応対:伝える責任と伝えられない焦り

初めての職場で任されたのは、電話の取り次ぎでした。相手の名前を聞き取り、内容をメモし、上司へ伝える――シンプルな仕事に見えて、私にとってはとても難しいものでした。電話では相手の表情が見えず、聞き返すタイミングも分かりづらい。言葉が詰まると、相手の沈黙が怖くて余計に焦ってしまう。


「えっと……」「あの……」とつなぐうちに、頭の中が真っ白になることもありました。上司から「もっとはっきり言って」と言われても、自分ではどうすればいいのか分からない。伝えられないもどかしさと、仕事の責任の重さ。その二つがのしかかってくる感覚でした。


「もう電話を取りたくない」――そんな気持ちが日々強くなっていく。けれど、電話応対は新人が最初に覚える仕事の一つ。避けることはできない現実でした。


“置き去りにされる”と感じた瞬間:仲間・仕事・自己評価

時間がたつにつれ、同僚たちはどんどん仕事を覚えていきました。電話の対応もスムーズで、ミスが少ない。そんな姿を見るたびに、「自分だけ取り残されている」と感じてしまう。


会議でも、意見を言いたくても言葉がつまる。途中で誰かに話を切られることもあり、心の中でそっと言葉を飲み込む。努力しているのに結果が出ない。そんな自分に、価値がないように思えてしまう瞬間がありました。


まわりは私を責めていないのに、自分で自分を責めてしまう。これは、言語障害のある人が社会でぶつかる“見えない壁”のひとつです。能力がないわけではなく、伝える手段が違うだけなのに、その違いが評価に影響する現実。


次第に「私はこの職場に合わないのかもしれない」と感じるようになりました。

けれど、ある先輩がかけてくれた言葉が、心を支えてくれました。

「焦らなくていい。あなたのペースで大丈夫。」

その一言で、少しだけ肩の力が抜けたのを覚えています。


“言いたいことを伝える”ための必須要素とは

この経験を通して気づいたのは、「うまく話す」よりも「相手に届く工夫」が大事だということ。

たとえば、電話の内容をメモしてから確認する。要点をあらかじめ紙に書いておく。相手に「少しゆっくり話してもいいですか」と伝える――それだけで、ずいぶん心が軽くなりました。


また、自分の話し方を録音して聞き返すことで、どの部分で言葉が詰まりやすいかを知ることもできました。努力を重ねるうちに、少しずつ「伝える力」がついていくのを実感。完璧にはできなくても、「工夫すれば伝わる」と思えるようになったのです。


社会で言語障害と向き合うには、「自分を責めないこと」「助けを求めること」「相手に理解を求めること」。この3つが大切だと今は感じています。


「小さな一歩」としてできたこと

大きな変化は、いつも小さな一歩から始まります。

すぐに上手くいかなくても、「自分にできること」を見つけて続けていくことで、心が少しずつ軽くなっていく。そんな体験を通して気づいた、“前に進むための工夫”を紹介します。


自分のペースを認める:速度・言い方・聞き方の調整

「どうして自分だけ、うまく話せないんだろう」――そんな焦りに押しつぶされそうになる時期もありました。

けれど、ある日ふと思ったのです。「みんなと同じ速さで話す必要はない」と。


言葉をゆっくり選ぶこと。聞き返されることをためらわないこと。

それは決して“遅い”のではなく、“丁寧”という強さ。


相手の反応をよく見るようにしたり、話す順番を頭の中で整えたりするうちに、少しずつ会話が楽になっていきました。

自分のペースを大切にすることは、コミュニケーションの“土台”になると気づいた瞬間でした。


支援を受け入れる/仲間に頼る意味

以前の私は、「助けてもらう=できない人」という思い込みを持っていました。

でも、仕事や生活の中で、支えてくれる人の存在がどれほど心強いかを実感するようになります。

困った時に声をかける。できないことを正直に伝える。

それだけで、相手の理解が深まり、協力の輪が広がっていきました。


頼ることは“弱さ”ではなく、“信頼のかたち”。

一人で抱え込むより、助けを借りながら進む方が、ずっと前向きになれる。

そう思えるようになったのは、たくさんの失敗と支援の経験があったからです。


伝え方を工夫する(筆談・補助・準備してから話すなど)

話すことが難しい場面でも、「伝える手段」は一つではありません。

メモやスマートフォンを使って筆談をしたり、話したい内容をあらかじめメモにまとめておいたりすることで、安心感が生まれます。

大切なのは、「どうすれば伝わるか」を考える姿勢。


相手に合わせて方法を選ぶことで、伝わらなかった悔しさが減り、会話への自信が戻ってきます。

発音がうまくいかなくても、準備を重ねれば伝える力は確実に伸びていく。

少しずつでも工夫を重ねることが、自分らしいコミュニケーションの形をつくる近道になります。


この壁は“乗り越える”だけじゃない、付き合うという視点

言語障害を持つ人にとって、「壁を乗り越える」ことだけがゴールではありません。

ときには、壁と“うまく付き合う”ことで、自分らしい伝え方や生き方を見つけることもあります。

ここでは、私が実感した「壁との向き合い方」についてお話しします。


壁を“なくす”のではなく“使える”ようにするとは

「言語障害の壁」と聞くと、多くの人は「どうすれば乗り越えられるか」と考えます。

けれど、乗り越えることだけが正解ではありません。


言葉がすぐに出てこないなら、少し時間をかけて整理してから伝える。

話すことが苦手なら、文字やイラストで補う。

そうやって、自分の“弱点”を別の形で活かすことができます。


たとえば、会話のテンポがゆっくりな人は、相手の話をよく聞く力があります。

それはコミュニケーションにおいて、とても大切な力。


「話す力」だけでなく、「聞く力」や「考える力」も、立派な伝える手段のひとつです。

壁を“なくす”より、“使える”ようにする。

それが、言語障害と前向きに付き合う第一歩なのかもしれません。


壁が教えてくれたこと:自分の言葉、自分のリズム、自分の場

壁にぶつかるたび、悔しい思いもしました。

けれど、その中で少しずつ見えてきたものがあります。

それは「自分の言葉」で話すことの大切さ。


うまく言えなくても、自分の感じたことや考えたことを、自分のペースで伝える。

その積み重ねが、いつしか“自分らしさ”になっていきました。


また、「自分のリズム」で話すことも大事。

相手のスピードに合わせようとして焦ると、余計に言葉が出にくくなります。

深呼吸して、自分のペースを取り戻す。

それだけで、伝わる言葉に変わる瞬間もあります。


さらに、「自分の場」を持つことも支えになりました。

学校や職場だけがすべてではありません。

自分を理解してくれる人と安心して話せる場所。

それがあるだけで、心の負担がぐっと軽くなります。


壁は苦しみを生む存在でありながら、自分を知るきっかけにもなります。

そして、自分を大切にする方法を教えてくれる存在でもあります。


次回予告:筆談・メール・SNSで広がった世界へ

“話す”だけがコミュニケーションではありません。

筆談、メール、SNS――言葉を伝える方法は、いま大きく広がっています。

次回のコラムでは、話さなくても「伝えられる」方法について、私自身の体験を交えて紹介します。


声を出さなくても、心を届ける道はある。

そんな“新しい伝え方の世界”を、次の章で一緒に探っていきましょう。

脳性麻痺ライター・著者 東谷瞳  |障害と生きる日々

障害のある私だからこそ伝えられる…そんな想いを発信するホームページです。

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